フライトディレクタ 髙橋 櫻子
未知のトラブルに襲われた「きぼう」を救い出せ
未知のトラブルに襲われた「きぼう」を救い出せ
「船内で冷却水が漏れている」
発覚したのは、2018年7月18日。髙橋櫻子が初めてインクリメント・リード・J-FLIGHTを務めた、まさにその時だった。インクリメント・リード・J-FLIGHTは、「きぼう」での長期滞在ミッション全体をまとめるフライトディレクタ。あらゆる部署と交渉・調整を行い、長期的な方針やスケジュールなどを組み立てる。トラブルや不具合が起これば、先頭に立ってその解決に当たる。髙橋は、冷却水リークの報を受け、すぐにその対応に走り始めた。
すぐに、リークは微小で少なくとも2.5カ月は影響がないことが分かる。しかし、放置すれば冷却水は枯渇し、最悪の場合、「きぼう」のシステムがシャットダウンすることに。冷却水を随時補給するという対策もあるが、ストックは限られており、なによりその作業のために宇宙飛行士のスケジュールを変更するリスクを伴う。宇宙飛行士は多くの実験・活動を完遂するため、5分刻みでスケジュールが組まれているのだ。
「冷却水が噴き出すというシナリオの訓練は何度も行ってきたけれど、今回のように微小なリークのケースはシミュレーションしたことがない。まずはリーク箇所の特定に全力を注がねば」と、髙橋は各部門の専門家を招集。その多くがJAMSSの技術者たちだった。その顔ぶれに、髙橋は力強さと安堵を感じていた。
ALL JAMSSの力を合わせ、解決策を導き出す
宇宙空間で水が噴き出すと、リーク箇所を包むように水が留まる。ただ今回は1日あたり0.025~0.030リットルと微小なリーク量のため、その場所を探すのは非常に困難。髙橋は、熱・環境制御機器を監視制御するFLATと、JAXA側の配管の配置や構造を精査。さらにNASA側の情報も収集した。また、宇宙飛行士の船内活動支援や物品管理を行うARIESと協力し、原因になりそうな過去の活動を洗い出すとともに被疑個所を目視確認するための作業手順書の作成を依頼。通常は数日を要する作業だったが、ARIESは最短で1日と、圧倒的スピードで作業を完遂した。その後、リーク箇所を想定し、作業計画を担当するJ-PLANにスケジュール調整を依頼。J-PLANは、5分刻みで組まれている宇宙飛行士のスケジュールから、対処の時間を捻出した。
こうして一丸となって動くメンバーが、幸運なことに、全てJAMSSのスタッフだった。「トラブルを解決する」という同じゴールに向かい、誰もが責任と使命を感じ、素早く専門性を発揮した。
トラブルは深刻度を増すことなく、スピードを持って改善に向かっていったのだった。
「同じ想いを持ったメンバーと、ひとつのゴールに向かう。なにより一人ひとりの持つ専門性と能力が高い。こんなにJAMSSのメンバーとチームとして動くことが心強いとは」
髙橋は安心と共に、驚きも感じていた。
そして、宇宙飛行士の協力のもと、リークの可能性がある箇所を潰していく中で、NASA実験ラックに原因があることが判明。開かれたNASAとの不具合対策会議にもJAMSSスタッフは全員が参加。それぞれの専門性を活かして、日本側の情報や対処計画を適切に共有した。結果、NASAとの調整を経て、リーク痕跡のあったバルブを交換。「きぼう」は本来の機能を取り戻すことができた。
微小のリークという、これまで経験したことのない未知のトラブル。それをJAMSSの専門性を結集することで、無事に解消することができた、と胸をなで下ろす髙橋。
「このトラブルは今後に活かされる事例となる。次にもし同じ事が起こっても、それは大きな事故になることはない。JAMSSが総力をかけて解決した、その事実が残されているのだから」
宇宙事業の歴史に刻まれる瞬間に立ち合った。それもJAMSSのメンバーと共に。そのことに誇りを感じ、また自らの糧にして、髙橋はまた次のミッションに向かうのだった。
2012年新卒入社
専攻:航空宇宙工学系
13歳から宇宙に魅せられ、宇宙飛行士を目指す。「英語が話せないと宇宙飛行士になれないから、大学からアメリカに住む」とNASAのあるテキサス州の大学に進学するほど。「J-FLIGHTやJ-COMは宇宙飛行士と話せる業務。ある意味では夢見た以上の仕事に就けているかも。毎日がとても楽しくて、大変なことも乗り越えられるんです」と話す。