人類と宇宙の新たな歴史が、
いま動き出す

半世紀ぶりとなる月面の有人探査。
その実現を目指す、JAMSSの熱い思い。

宇宙探査 今井 茂

有人月面探査へのチャレンジが始まる

有人月面探査へのチャレンジが始まる

2017年12月、トランプ米国大統領が有人月面探査を行うことを表明。
そのニュースを耳にし、今井茂は心がまた熱を帯びていくのを感じていた。

1972年12月7日、アポロ17号が月に降り立って以来半世紀、人類は月の大地を踏んでいない。
宇宙開発は成長を遂げてきた。しかし、低軌道を超えて宇宙の深奥へと迫ったのは、どれも無人の探査機。宇宙の謎は解明されていったが、それは送られてくる映像とデータを、遥か離れた地上で分析した結果だった。
だからこそ、今井の心は熱くなる。

「人類と宇宙の、新たな歴史が刻まれる。そこに立ち合えるチャンスが巡ってきた」
有人宇宙探査には、大きな意義も意味もある。宇宙探査のその場に、専門性を備えた人間がいることで、採取する岩石などのサンプルを効率よく取捨選択することができる。また、その場で発見・解明することもある。一方で、未知の要素が多い宇宙空間、中でも月や惑星上での活動は、危険やリスクが大きい。
だが、今回はアメリカが決断した。宇宙開発で最も進んでいるNASAが主導するのであれば、他国も続きやすい。

「これまで日本も有人月面探査の途を探ってきた。ついにその端緒が開いた。その途を確かなものにすべく、動かねば」
今井は粛々と準備をスタートした。翌年2018年3月には、国際宇宙探査に関する閣僚級会合『ISEF2:2nd International Space Exploration Forum』において、「地球低軌道から月・火星、さらにその先、太陽系のより深い場所への探査活動拡大は、国際コミュニティで広く共有されている目標であることを確認した」とする共同声明が採択される。JAMSSはこれを受け、翌月に宇宙探査業務を専門に担当する『宇宙探査グループ』を新設。グループリーダーに任命されたのは、今井だった。
今井の心の熱は、冷めることなく、むしろ高まっていた。
それは、かつて宇宙を夢見たすべての子どもたちが、心に灯していた熱。
その熱が再び、今井の原動力になっていた。

追い続けてきた夢

宇宙飛行士になりたかった。
無理なら、宇宙の仕事に就きたかった。
その夢を本気で追っていた。

だから大学では、宇宙船に近い学びを、と船舶を選んだ。JAMSSを選んだのもそのためだ。入社した1999年、まだ宇宙は遠かった。ISSは前年に建造が始まったばかり。最初の配属は、JEM(きぼう)エレメントインテグレーション業務の担当。その後、ケネディ宇宙センターでの最終組立・試験や、スペースシャトルインテグレーション業務なども経験した。きぼうを利用した超小型衛星の民間への利用サービスの開発・提供も手がけた。宇宙で活躍する様々な機器の技術を開発し、評価した。

しかし、実際に月や惑星に降り立つ機器については手がけていない。
宇宙に少しずつ近づいている手応えを感じる一方、宇宙はまだ遙かに遠いという実感もあった。

入社から23年が経ち、40歳半ばになった。
それでも、夢はあきらめていない。
幼い頃から部屋に張ってあるポスターを見るたび、胸が熱くなるからだ。
そこにあるのはアポロが撮影した、月の地平線から昇る地球の写真。
月に立つ人間の目線でなければ撮れない写真だ。
「自分もあの景色を、いつか」
その思いが熱となり、今井を動かすのだった。

ALL JAMSSで挑む

2019年、火星の衛星であるフォボスから砂を採取して地球に持ち帰る、火星衛星探査計画(MMX)がJAXAにより開始された。JAMSSは、その運用準備業務を担当している。JAMSSとして、低軌道を超えて宇宙の深奥へ本格的に挑む、初めての挑戦である。また、2021年には、NASAと日本の合意が成立し、月周回有人拠点『Gateway』の開発参加が決定。JAMSSは搭載される環境制御・生命維持サブシステムのインテグレーション作業支援の契約を受託した。2022年7月には、JAXAが有人月面ローバ全体システムの概念検討に係る企画競争を公示。JAMSSはこれまで培ってきた技術・強みを活かして参画することを決意した。今井はそれを見越し、2019年より『有人与圧ローバが拓く月面社会勉強会』に参加するとともに、一部のサブシステムの概念検討などを実施してきた。その基礎を活かし、今後は本格的に有人月ローバの実現を目指す。『アルテミス計画』では、2025年までに人類は再び月の大地を踏むことになっている。そこには今井たちが係る有人月面ローバの姿があるはずだ。

もちろん、容易なことではない。月には重力があり、過酷な放射線や熱環境などに晒される。表面には細かな砂が堆積し、大きな起伏や岩石もある。そしてトラブルや障害の可能性が数多くある。前回は半世紀前。JAMSSはおろかNASAにさえ、当時を知る者は少ないだろう。
ベテラン、中堅、若手。経験者、有識者。多様かつ多才なメンバーがチームに名を連ねているが、日々、ぶつかる壁は高く、獲得すべき技術は多く、未知の要素は尽きない。

「だが、ALL JAMSSで挑めば、必ず成功できるはずだ」
今井はそう確信している。30年以上にわたり日本の有人宇宙開発を支えてきたJAMSSの運用技術、訓練技術、安全設計技術、宇宙飛行士に関わる種々の技術。そして、重大事故を起こさず、宇宙開発を成長させてきた経験。「それらを結集すれば、月へと人を送る、このプロジェクトは成功する」と。

「そうして自分は夢を叶えることができる。それだけじゃない。半世紀ぶりとなる有人宇宙探査と、月面への着陸。宇宙飛行士から送られてくる、月の地平から昇る、青く美しい地球。それは見ている子どもたちに新たな夢を与えるだろう。自分が手がけた宇宙事業が、次のそのまた次の世代へと受け継がれていくのだ」
だから必ず成功させる。歴史に刻まれる、大きな一歩となるように。そう言い聞かせ、今井は熱く心を燃やす。夢に手が届く、その日まで。

1999年新卒入社
専攻:環境海洋工学専攻

今井 茂(Shigeru Imai)
/有人宇宙技術部
宇宙探査グループ グループリーダー

JAXAや政府機関への出向はじめ、ケネディ宇宙センターでスペースシャトルインテグレーション業務を担当するなど、多彩なキャリアを歩む。その実績を買われ『ISEF2』では事務局を束ねた。現在リーダーを務める宇宙探査グループの専属メンバーは12名だが、ALL JAMSSの力を結集するため、部門横断的に協力を仰ぎながら業務を進める。趣味のサッカーでは10年以上『FC JAMSS』の部長を務めている。

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